【にいがた再発見! 其の11】佐渡市 佐渡金銀山

世界遺産登録を目指して笑顔と元気で「佐渡金銀山」をPR!
歴史・産業・文化の物語で島おこし。

佐渡相川ふれあいガイドのスタッフのみなさん。北沢浮遊選鉱場跡にて。お話を伺った副会長の斎藤本恭さんは、後列右から4番目。

佐渡島には、16世紀中頃から江戸・明治、そして平成元年の操業休止までの長い歴史を物語る金銀山の遺構が、至るところに残されています。400年以上に渡る先人たちの営み、鉱山技術や生産システムの変遷のほぼすべてを見ることができます。世界でも例のない価値のある遺産群であることから、世界遺産への登録を目指しています。
その構成資産である西三川砂金山、鶴子銀山、相川金銀山では、住民が中心となって保全活動やガイドなどを行っています。そして相川地区では、多くの市民ボランティアが、まちの宝である遺構や町並み等に訪れた人々へのガイドや保存を通じ、佐渡金銀山がもたらした歴史・文化など地域の魅力を発信し、世界遺産登録への気運醸成の一翼を担っています。
今年度の推薦候補としての選定は見送られましたが、地域の皆さんは、ますます盛り上がっています。この熱意を島内・県内へと広げ、次こそ選定へ!


「佐渡を世界遺産に! という声が上がったのと同時期の平成12年から『佐渡相川ふれあいガイド』の活動がスタート。郷土史家や教育関係者、まちづくりに取り組む人などの有志が集まり、勉強会やガイドコースづくりからはじめ、ガイドの練習を重ねて立ち上げました。訪れる人たちに、佐渡金銀山の歴史や文化、まちの魅力を知ってもらい、好きになってもらおう。他の人にも伝えてもらおう、そして、リピーターになってもらおう。そんな思いで活動を続けていて、手応えもあります。最近では、セミナーやまち歩きのイベント、遺跡の草刈りボランティアなどへの市民の参加も増え、地域の魅力の再発見、郷土愛の醸成にもつながってきています。外国人観光客へのガイドにも挑戦しようという取組もはじまっています。今後も『世界遺産登録』を目指して、佐渡金銀山をPRして、まちを盛り上げていきたいですね。」佐渡相川ふれあいガイド 副会長 斎藤本恭(さいとう ほんきょう)さん

佐渡相川ふれあいガイド 副会長 斎藤本恭さん

佐渡相川ふれあいガイド

金銀山が発見され、奉行所が置かれてから飛躍的に発展した相川は、江戸時代から近代までの金銀山の反映に伴う歴史、文化、遺跡等が数多く残っています。地域をよく知る住民の皆さんがガイドとなり、今に残るそれらをわかりやすくご案内します。

【お問い合わせ先】

一般社団法人 佐渡観光交流機構 相川支部・相川観光案内所

TEL:0259-74-2220

Mail:aikawa@visitsado.com

相川で見られる遺跡群

北沢浮遊選鉱場跡

明治期の北沢火力発電所発電機室棟、旧北沢青化・浮選鉱所、昭和10年代の北沢浮遊選鉱場、50メートルシックナー(濃縮装置)などが現存しています。1ヶ月で5万トン以上の鉱石を処理できることから「東洋一」とうたわれました。【国史跡】

京町通り

相川金銀山と奉行所を結ぶメインストリートとして江戸時代初期に造られました。江戸~昭和の鉱山住宅など鉱山町であった頃の建物を今も随所に見ることができます。【国重要文化的景観】

宗太夫坑(史跡 佐渡金山)

江戸時代を代表する金銀を採掘した坑道。坑道は金銀山の内部を縦横に走っていて、中には海面下にまで達しているものも。現在は一部が一般公開され、当時の作業風景が復元展示されています。【国史跡】

佐渡奉行所跡

相川金銀山の開発に伴い慶長8(1603)年に開所され、佐渡の行政・鉱山経営の拠点として機能しました。現在の建物は発掘調査成果と絵図をもとに、平成12(2000)年に復元されたものです。【国史跡】

道遊の割戸

江戸時代の露天掘り跡です。露出した鉱脈に沿って手掘りで山を掘った結果、山頂が割れてしまいました。現在では佐渡金銀山のシンボル的な存在となっています。【国史跡】

中学生もガイドに参加!

佐渡市立相川中学校生徒による「ガイドレンジャー」

平成18年頃から総合学習で地域のことを学んだ生徒が「ガイドレンジャー」としてまちなかのガイド活動を始めました。金銀山とともに発展した相川の魅力を観光客に伝えています。

詳しい内容は佐渡金銀山ホームページ

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