地域振興局からのお知らせ
長岡地域版

この里に吹く新しい風

自分の夢を追いかけ、同じ思いを持つ仲間たちと地域のためにできることを探している若者を紹介します。

新潟のニットを伝えたい

湯本 達郎(ゆもと たつろう)さん
1992年生まれ 長野県出身
東京の服飾系専門学校を卒業後、見附市にある丸正ニットファクトリー(株)へ就職。服が好きという思いをかたちにしながら、見附の地場産業ニットを支える。

ニットを仕事に、そして新潟へ

長野県出身なので、新潟がニットの産地であることは専門学校で初めて知りました。一通り服飾のことを勉強する中で、ニットという分野は、最初から最後まで一貫して制作に関わることができるところに魅力を感じました。ニット以外のいわゆる布地製品の分野は、工程ごとに数社で分業されていることが多いので、作り手からするとその点に違いがあります。私は、希望だった"パタンナー"という、型紙を作る仕事を担当しています。型紙はニットができる始まり、設計図です。

各工程をつなぐ

受注製品と自社製品がありますが、どちらも当社東京支店にいるデザイナーから指示が来ます。私は手書きの指示書を解読し、型紙とサンプルを作ります。デザイナーの意図をくみ取り、理想に近づけるよう細部に気を遣う作業です。よりよいものにするために、時にはこちらから提案することもあります。サンプルがOKとなれば量産となり、編む工程は別の担当へ移りますが、どのように編むのか、指示を伝えるのは私の役目です。きちんと伝わらなければ、オーダーと違うものができてしまいます。服は一人では作れないので、各工程の担当が連携してチームで作り上げます。

ニットの設計図、型紙を作る

若い世代から産地の活性化を

従業員の高齢化や認知度向上が課題にあります。新潟には、見附と五泉にニットの2大産地があります。それぞれに歴史があると思いますが、バラバラに発信するよりも、"新潟のニット"として一緒に発信できれば、もっと全国に伝わりやすくなると思います。私ももう少し経験を積んで、"新潟のニット"が若い人たちに注目してもらえるような取り組みをしたいですね。

若い女性向けのニットコート

山古志の宿を守り、太鼓でつながりたい

坂牧 颯人(さかまき はやと)さん
1997年生まれ 長岡市出身
山古志にある宿泊施設「あまやち会館」に勤務。佐渡の太鼓芸能集団「鼓童」の研修生だった経験を活かし、太鼓で山古志を盛り上げようと奮闘中。

小学生からずっと太鼓

山古志で生まれ育ち、小1で中越地震を経験しました。心に傷を抱え、母の実家で避難生活を送る中、佐渡にある太鼓芸能集団「鼓童」が震災復興公演として県内の学校を回っていました。そこで初めて生の演奏を聴き、私の心は大きく動かされ、太鼓に憧れを持ちました。小3で避難先から山古志に戻ったあとは、山古志闘牛太鼓会に入り、高校卒業まで活動を続けました。

佐渡へ、そして山古志に戻る

高校卒業後、鼓童のメンバーを目指し佐渡へ渡りました。太鼓への憧れが志に変わったのは中1のとき。東日本大震災をきっかけに、なにかできることはないかと考え、自分が小学生のときに避難先で太鼓に元気をもらったように、太鼓で人を元気にしたいと思いました。鼓童での研修期間は2年。しかし、1年目の途中に両ひざのじん帯を切り、翌年復帰するも再度ひざを痛めました。このひざのままで続けることは厳しい状況になり、夢をあきらめざるを得ませんでした。
予定は早まりましたが、平成30年2月、いつかは戻ろうと思っていた山古志に帰ってきました。

山古志の最も高い場所にある宿

あまやち会館を守りながら

佐渡を離れる頃、縁あって「あまやち会館」での仕事が決まりました。あまやち会館は山古志でも最も高い場所、種苧原集落にある宿泊施設です。私は唯一の男手で、接客から料理、施設管理までなんでもしますし、宿泊客や団体客がお帰りの際は、得意の太鼓を叩いて見送ります。
山古志をはじめ、県内各地のイベントにも出演して太鼓や唄を披露しています。今後は、他の地域で活動している太鼓グループともっとつながりを持ちたいですね。やっぱり自分には太鼓しかないので、それを足掛かりに山古志とつながってくれる方を増やしたいですね。

団体客を「送り太鼓」で見送る

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